心臓は問題なし。安心したのに、見捨てられた気がした

検査の結果は、悪くありませんでした。

「治療するほどではありません」
「気にする必要のない、よくあるものです」

医学的には、これ以上ないくらい良い知らせです。実際、その場では安心した。でも、家に帰ってしばらくして、別の感情が出てきます。

「じゃあ、この苦しさは、どこに持っていけばいいんだろう」

安心と、行き場のなさは同時に来る

ある相談者の方は、そのときの気持ちを「見捨てられた感じ」と表現されました。

見放された、ではありません。見捨てられた。

医師は何も間違っていません。悪意もありません。それでも「大したことない」という言葉は、受け取る側にはこう聞こえてしまうことがあります。

これ以上、検査はしません。もう解決済みです。これ以上、不安を言われても困ります。

本人からすれば、いや、症状はまだあるし、この怖さも変わっていない。それなのに、ここで一区切りにされてしまった。そう感じるのは、無理もないことです。

そしてこの受け取り方をした方は、次から病院に行かなくなります。「また同じことを言われるだけだ」と思うからです。症状は続いているのに、相談先だけがなくなる。ここからが、いちばん孤独な時期です。

私が最初に返している言葉

「見捨てられた気がした」と話す方に、私はまずこう返します。

「そうなんですね。なんで、そう感じたんでしょうね」

否定もしないし、慰めもしない。どうしてそう感じたのかを、一緒にたどっていきます。すると、たいてい出てくるのは「症状はあるのに、解決済みみたいに言われた」という話です。

それに対しては、こう言います。「実際に症状があるのに、もう一区切りみたいな言い方をされるのは、本当にしんどいですよね」。

ここがいちばんきついところなんです。そこを飛ばして「先生はこういう意味で言ったんですよ」と説明を始めても、届きません。まず、しんどかったという事実を、そのまま受け取る。

「大したことない」を、どう受け取ればいいか

そのうえで、医師の言葉をどう扱えばいいのか。私はこう考えています。

まず、先生の言葉は、一番の専門家が客観的に見て出した一言です。それなりに大きな意味があります。ここは動かしません。

一方で、先生も人間です。完璧ではないし、その日の状態によって言い方は変わります。「大したことないですよ」という言葉には、「命に関わる異常はなかった」という医学的な中身と、その日の先生の忙しさや口調が混ざっています。

だから、言葉の表面だけを握って、すべてを判断しないでください。「大したことない」の裏にある意味を正確に知りたければ、方法はひとつです。追加で質問する。「症状が続いているのですが、これはどう考えればいいですか」「日常生活で気をつけることはありますか」。こちらの懸念をひとつずつ潰していく。

これは、先生の状態を感じ取りながら自分の不安を整理するという、実はかなり高度な作業です。うまくできなくて当然です。だから私は、相談の中でそこを一緒にやっています。

先生の診察結果は、曲げない

ひとつ、私の中で決めていることがあります。

先生の診察結果を前提にする。先生が言ったことは曲げない。

「検査では異常がなかった」。これは事実として受け取ります。そのうえで、「では、この続いている症状と、この怖さをどうするか」を一緒に考える。医師の判断を否定するのではなく、医師が見ていない部分(日々の症状、不安、生活)を、こちらで引き受ける。役割が違うのです。

「大したことない」は、あなたの苦しさを否定した言葉ではありません。心臓の構造に大きな問題がなかった、という報告です。苦しさの行き場は、別のところにちゃんとあります。

まとめ

「大したことない」と言われて見捨てられた気がするのは、症状が続いているのに一区切りにされたように聞こえるからです。その感情は、無理もありません。医師の言葉は専門家の客観的な判断として受け取りつつ、表面の言葉だけで全部を決めない。分からなければ追加で質問して、懸念を潰していく。診察結果は曲げずに前提にして、そのうえで続く症状と不安をどうするかを考える。行き場は、ちゃんとあります。

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※この記事は一般的な健康情報の提供を目的としており、特定の疾患の診断・治療を行うものではありません。症状がある方は必ず医療機関を受診してください。

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