同じ診断を受けても、生活の見え方はまったく違います。
心臓のことが頭から離れず、何をしていても楽しめない方がいる。一方で、同じ状態を抱えながら「昔のように楽しめている」と言える方がいる。
体の状態の差ではありません。扱い方の差です。
分かれ目は、「感じるかどうか」から始まる
正直なところからお話しします。
心房細動は、症状を感じる人と、ほとんど感じない人がいます。感じてしまう方は、どうしても脳裏に引っかかる。楽しんでいる最中にも、仕事の最中にも、胸の感覚が割り込んでくる。だから楽しめないし、仕事どころではなくなることもある。
ここまでは、体質の話です。本人のせいではありません。
ただ、そこから先が分かれます。感じた症状を、どう扱うか。ここは体質ではなく、変えられる部分です。
ある方の、2ヶ月弱の変化
サポートしていた方で、2ヶ月足らずのあいだに大きく変わった方がいます。個人が特定されないように、経過だけを追います。
はじめの頃、その方は「怖くて、現実を見られていなかった」と振り返っていました。治療の選択肢について事前に調べることもできず、怖さのほうが先に立っていた。
治療を受けるかどうか決める場面では、「決まらない状況が一番疲れる」と言いながら、こうも言っていました。具合が悪くて悩んでいるのではなく、調子がいいから迷っている。だからこれは、いい意味で立ち止まっているのだと。
そして決めたあとに、いちばん良かったこととして挙げたのが、自分の正直な気持ちで行動し、自分の言葉で主治医に伝えられたことでした。それまでは、相手の反応を気にして、面倒な人と思われたくなくて、自分の気持ちを言えないでいることが多かった。伝えてみたら、主治医との距離が縮まり、自分も楽になった。
最後に、その方はこう書いていました。生きた心地がしなかった、何も楽しめなくなっていた自分が、最近は昔のように楽しめている。心房細動があっても、楽しめている。
変わったのは、心臓ではなく「選び方」
この方の心房細動が、2ヶ月で消えたわけではありません。変わったのは、症状の扱い方です。
あとから本人が気づいたこととして、「安心な選択ばかりしているうちに、行動範囲が狭まっていた」という話がありました。怖いから控える。控えると、脳に「これは怖いもの」と刻まれる。刻まれるから、また控える。この繰り返しで、生活が小さくなっていた。
もうひとつ、本人の言葉で印象に残っているのが「知れば怖くないことがある」でした。怖さから目を背けていたときには、怖さが大きかった。調べて、聞いて、伝えてみたら、怖さの正体が見えて、扱えるものになった。
そして「脳を変えるには、繰り返しがポイント」。安心な選択を繰り返して狭まった生活は、小さな挑戦を繰り返すことで、また広がっていく。
「治ってから楽しむ」は、たぶん楽しめない
ここは正直にお伝えします。
心房細動は、この先どうなるか、はっきりとは分かりません。再発しにくくする取り組みもありますし、治療の選択肢もあります。でも、どこまでいっても確率の話です。よくなるかどうか、断言はできない。もちろん、よくしていこうという主治医の方針は大切にする必要があります。
そのうえで、「治ってから楽しもう」と考えている方には、こう伝えています。治ってから楽しむ、という考え方だと、正直、楽しめないと思います。治っても、です。
なぜかというと、楽しめていない原因が、心房細動そのものではないことが多いからです。もし心房細動だけが原因なら、症状のない日は楽しめているはずです。でも、そうなっていない。ということは、心房細動以外のところに、楽しめない理由がある。
心房細動は、観測できる現象のひとつにすぎません。楽しめるかどうかを決めているのは、心臓ではなく脳です。だから心房細動だけを見ていても、楽しむという状態にはたどり着けません。
まとめ
心房細動があっても楽しめる人と楽しめない人の分かれ目は、症状を感じるかという体質の先にある、「感じた症状をどう扱うか」にあります。安心な選択を繰り返して狭まった生活は、知ること・伝えること・小さな挑戦を繰り返すことで広がっていきます。「治ってから楽しむ」では、治っても楽しめません。楽しむかどうかを決めているのは、心臓ではなく脳だからです。
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※この記事は一般的な健康情報の提供を目的としており、特定の疾患の診断・治療を行うものではありません。心房細動の治療方針は必ず主治医にご相談ください。